2019年9月26日木曜日

文化と歴史とその良俗: 歴史は問題の前置かどうか

語り手は出来るだけ歴史とその文化を恰好いい者として伝えます。
国事で、戦った人たちに、「この馬鹿」とは、中々言えません。
戦争も端から見ると、「判断を誤って馬鹿じゃないの?」と思うのが普段です。
勝った側からすると負けた側はとてもおろかに見えます。

日本国も憲法が完成した時点では、日本国の理念ですが、その3年前は、大日本帝国の理念だったわけです。裁判所は建国前には、フランス人権宣言や、先進国の協定で判断するしかありません。そこへ各国の戦時の状況です。他人がこうしたから、それに比べてこういうものだとしか言えません。

根本は、歴史を良俗として、いい話として、その上で、外向きには、外国の反応を見るというやり方に賛成です。その話を日本人が見るのは、日本人各々のモラルの問題です。

千葉は、大千葉小千葉といって、武家です。
さらに流派は北辰一刀流は歴史であまりに有名で、千葉県館山市で屋根がふき飛んだなどの話は笑えません。
格技は、各県で、道場、学校で、柔道よりや、剣道よりとさらに、笑えません。
五輪があれば、空手とテコンドーの話題が出ます。さらに、笑えません。慣習、習うものは各々の習慣として事件に関係なくとも緊張が走る程度の人もいます。

歴史もその解説を聞くと、「どうにもしようがなかったのだな」と納得します。
その時点の当人の状況と文化としてみる場合は違います。
良俗として、思いをはせるというのが本当です。

ドイツの慰霊碑は、「モニュメント」と言って、観光客には、語らず思いではなく、各々が意見を持つとしています。言語では、言わない意見を思いとしか受けとれません。

「気持ちがいいな」と、「負けたけどがんばったんだな」と頭に浮かべるのは、違います。

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